二、何かが自分を導く

一、人生の問題

人生には、その様々な時期において、その時々の異なった問題が出てきます。そして、人間は、人生に出てくる問題に対して、自分にとって、できるだけベストな答えを出そうと、一生懸命努力していきます。しかし、人生に出てくる問題というのは、その人間の全く予想もしていない問題であり、同時に、最も不慣れな問題ばかりなのです。そして、一度、自分が解いた同じ問題は、二度とは出てこないようになっているのです。宇宙の意志は、まるでその人(自分)の弱点を、全て知っている様に、次から次へと、より程度の高い難問を、私達の人生に投げかけて来るのです。

なぜ、よりによって私が、こうなってしまうのか。
なぜ、私(あの人)が、こんな目に遭わなければならないのか。
なぜ、どうして、私(あの人)が・・・。
これらの疑問が、いつも頭の中に出てきてしまいます。
自分や自分の周囲に問題や出来事が発生した場合、私達は、あまりの突然のことに驚くだけです。そして、自分や自分達に降りかかった出来事の本当の理由や原因を考えようとします。そして、色々な人に説明してもらうことによって、その出来事が起きた物理的原因や自然的原因等は、一応、理解することはできます。しかし、「なぜ、どうして、自分や自分達が、その出来事に遭遇しなければならないのか」という本当の理由については、全く分からないままなのです。人生というものは、多くの謎に満ちています。一般的に考えてみれば、人生とは、数多くの不合理や不条理に満ちています。成功も失敗も、勝利も敗北も、幸運も不幸も、確かに人生にはあります。しかし、成功することによって、逆に大きな失敗をしたり、失敗することによって、逆に本当の成功を得たりすることもあるのです。一時的な幸運に恵まれることによって、逆に大きな不幸になることもあります。また、不幸を経験することによって、結果的に、本当の幸運を得ることもあります。「吉凶はあざなえる縄の如し」と言いますが、地上に肉体を持つ人間にとっては、一体、何が幸福なのか、何が不幸なのか、ということは短期的観点では本当に分からないことなのです。
言えることは、ただ一つです。
要は、人生という生命劇においては、いつかは、誰でも、そうした問題に出あわなければならないようになっているということです。そして、それが、人によって早いか遅いかということだけです。それならば、苦しく辛いかもしれませんが、人生の早い時期に苦悩の時期を体験することも、決して悪いことではありません。これは非常に他人事で不謹慎な話のように聞こえるかもしれませんが、カルマの法則から言えばその通りなのです。人間は、何度も生まれ変わる存在なのです。ですから、人は、過去において、何度も人生を経験しています。過去世という自分の記憶は、忘れさせられているのです。人は誰でも、過去の人生で、過去の自分が、どれだけ世の中や人々に対して、迷惑や不幸を与えてきたか分からない存在なのです。同時に、過去の自分が、人々や社会に多くの素晴らしい事や、多くの貢献をしてきた存在なのかということも忘れさせられているのです。
しかし、なぜ、そうした過去世の記憶がないのでしょうか。その理由は、この世に生まれる時に、過去世の記憶といものが、全て心の中に全て潜在化してしまうからです。それは、そうした過去の苦しい記憶が残っていると、それが人生の妨げになってしまう為に、新しい地上の人生というものを、再びゼロからやり直せことができなくなってしまうからです。過去の記憶を忘れさせることは、新しい人生を送る上で必要なことなのです。そのために前世の記憶を潜在化させてしまうことによって、もう一度、地上の新たな人生を白紙の状態から始めていくことになっていくのです。ただし、全ての記憶が消えていくのではありません。たとえば、自分の興味、関心、得意なこと、容姿、個性、性格、趣味、癖、学習した事柄等は、ずっと継続していくのです。もちろん、前世の記憶は、潜在意識の中に全てが存在していますので、自分の潜在意識を意識的に開いていくことによって、少しずつ、顕在意識に浮上させていくことができるようになっているのです。
また、人生上の大きな出来事というものは、この地上界を去った生命界において、自分に縁のある優れた存在達と相談の上で、自己設定をしていくのです。そして、それはある時期になると、その問題に自動的に直面するように設定されているのです。  
つまり、この世に生れて来る前に、自分自身によって、自分の人生コースを選び、人生の転機や出来事を、自分を指導してくれる存在達と相談の上、自分の意志で決めてくるということなのです。