一、変化と混乱の中で
一、苦悩の始まり
父が亡くなった2000年頃から、日本道路公団の民営化の話が、小泉政権によって進められていきました。この2000年前後において、企業の吸収、合併、倒産は数多くありました。しかし、それでもまだ日本経済は何とか動いていたのです。その様な状態の中で、国の中枢では、様々な政治権力の攻防の末に、次々と民営化の話を進めていったのです。その民営化そのものについては、一国民としては理解できる話でしたが、実際、間接的ながらも、その仕事に関係していた私にとっては、生活の手段を失ってしまう非常に大きな問題でした。
そして、2004年、一月十日、それまで長年、苦しい難病生活をしていた母が、他界しました。この時、私の心は、まるで嵐のような状態になっていました。私は、当時、様々なストレスの中に、完全に飲み込まれていたのです。
そして、それから十日後の一月二十五日、午後二時、ちょうど、その日は、母の四十九日法要の準備の為に、兄や姉夫婦が私の家に集まったのです。突然、二階で、「ボン」という音が聞こえました。私は、家に車が接触したのではないかと思い、直ぐに外へ出ました。すると、二階の窓から白い煙が出ているではありませんか。「まずい」と思い、すぐに二階に駆け上がりましたが、もう、その時には火が窓際のカーテンに移り、燃えていて、その煙が家の中に充満している最中でした。私は、二階に置いてあったパソコンを大急ぎで取り出し、すぐに下へ降りていきました。そして、固定電話で一一九番通報をしようとしたのですが、全くつながりませんでした。もう、その時は、電線が火で断線してしまった為か、固定電話は全く使用できませんでした。そのため、私は携帯電話で、一一九番通報をしたのです。悪夢とは、このことです。
消防車が来るまでの時間は、私にとって非常に長い時間でした。自分の家が燃えていくのを、ほとんど何もできずに、ただ見ているだけしかありませんでした。二階の窓から大きな火の舌が、窓全体を、まるで舐めるようにして動いていくのが見えました。その時、家の前に広がる駐車場の入口から、ただ茫然と立ちつくしながら、じっとその光景を見ている私の姿がそこにありました。
やがて消防車が到着し、大勢の消防士による放水活動によって、火は徐々に鎮火していきました。突然の出火にもかかわらず、兄や姉夫婦、そして私の全員が無事だったことは不幸中の幸いでした。意外なことに、屋根は被害を免れ、家の柱も無事だったことで、家は半焼ながら、なんとか、家としての機能は保てることになったのです。しかし、私が長年、集めた愛読書や、父母の大事なものが全て灰になってしまいました。一階も、消防車の放水の為に、ほとんどのものが水でビシャビシャなり、多くのものが使用できないものになってしまいました。私が立ちこもる煙の中、二階から必死になりながら持ち出したパソコンも、水を浴びてしまった為に、使用不可能になってしまったのです。
それから一時的に、すぐ傍にあるアパートに移り住むことができましたが、その時に、周りの人々や仲間から、激励や応援の暖かい声を頂いたことは忘れられないことです。
当時の小泉首相によって、日本道路公団の完全民営化ということが強力に推進され、行われていきました。そして、大手企業以外は、ほとんど利益が出ないような大幅変更が行われたのです。その結果、多くの組合は、その事業を終了することになり、それまで数年間、一生懸命努力して積み上げてきた全てが、ゼロになってしまったのです。私にとって、この経済的打撃は非常に大きいものでした。
自分の家の火事という出来事は、自分にとって、本当に信じられない体験でした。また、仕事の方では、倒産でもなく、リストラでもなく、私の全く手に届かない政治による影響ということで、非常に残念な結果で終わってしまいした。世の中というものは、自分の予測不可能なことばかり起き、非常に理不尽で不合理なものであることを、私は身をもって体験させられたのです。
そのような状態の中で、家の修理は、毎日、進められ、外壁も新しく塗装され、家の内部もきれいに修理され、整えられていったのです。
そして、希望を持って、新たに人生を再出発しよう、と思っていた時に、運命の悪夢が、再び、私を襲ってきたのです。
それは火事発生から四カ月経った五月初旬のことでした。
以前、日本道路公団の仕事を私に紹介してくれた非常に近しい人からの電話でした。
私は当時、仕事を探している状態だったので、その人の言う事を素直に聞いたのです。
「実は、二十年来の友人と一緒に、今度、会社を新しく立ち上げるので一緒に協力してくれ」ということでした。
当時、私は全く仕事に就いていなかった為、「これでまた新しい仕事が見つかった」と思いました。その人も、全然知らない人でもないし、今までも、ちゃんと私のことを考えてくれていた人だったので、その人を信じて了解したのです。
数日後、まず、その人と会いました。そして、新しいビジネスの話を聞かされた後で、「必ず返すから、お金を貸してくれ」と言われました。その金額は、私にとっては非常に大きな金額でした。その時、私は非常に危険な賭けだなと思いましたが、これも何かの縁かもしれないと思い、その人に委ねることにしてしまったのです。
(今から考えると、なんて、自分という人間は世間知らずの大馬鹿者だということで、本当に自分自身で呆れるばかりです。)
しかし、実際は、全く当初の約束と異なり、いくら待っても返してくれないのです。それは、私にとって、失意に満ちた長く苦しい状態の始まりになってしまったのです。
私は、これらのことから、人間というものが持つ業(カルマ)というもの存在を、つくづくと体験させられ、また考えさせられることになってしまったのです。
これらのことは全部、私の人生観を根本から変えていくために必要な苦悩だったのです。
私を含めて、人間というものは実にエゴの強い存在であり、その心は多くの虚偽と、多くの汚れ、そして多くの罪と業(カルマ)に満ちています。そのようなエゴ、虚偽、汚れ、罪に満ちた生命を、少しでも本来の、純で光輝く生命にしていく為に、宇宙そのものが、その一人一人の人間に対して、多くの試練と苦難を与えることによって、その人の汚れというものをすべて洗い出し、清めていきます。
その為に私は、父の死から、仕事の終わり、母の死、火事、金銭トラブル等、多くの苦悩と葛藤、そして試練を受けていかなければなりませんでした。

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