人生の大政奉還
あとがき
現在は二十一世紀の初頭を迎えたばかりですが、地球上にはすべての共産主義国家はその姿を消してしまいました。その結果、世界はより緊密に結ばれて一つの自由な市場経済社会へと移行しつつあります。そして、あらゆるもの動きが、日々加速していき、ますますその変化が激しく拡大しています。もはや昨日のことは今日では通用しない時代になっています。このような変化の多い世界の中で生きていると、もう何を信じていいのか全く分からなくなってしまいます。人間は、未来のことは誰にも分りません。遠い未来どころか、一分一秒先のことさえ分からないのです。そのような状態になると、ある人は金銭を信じ、ある人は物だけしか信じないようになってしまうのです。もちろん、金銭や物は、人間が地上で生きていく為にはなくてはならない重要なものです。
しかし、それらを求め続けて生きていても、決して自分の思うようにならないとい事を知ります。金銭や物は、それが多くあることによって、かえって問題になることもあるものです。持てば持つほどそれが苦しみの原因になることもあるものです。人に対して、善かれと思ってしたことが逆にその人に裏切られ、悲しい結果になることもあるものです。ですから、人間が本当に生きていくことにおいて、そうしたものだけに偏ることなく、大宇宙大生命世界には、もっと重要なものが存在し、もっと根源的なものがあるということに立ち返っていく必要があるのです。
普通ならばこうなるだろうと思うことも、全然、違うことになることもあります。
そして、倒産、リストラ、失業という社会事情の中で、不信、不満、不和ということが大手をふって歩き回っているように感じてしまいます。どうやら、この世界に生きている限り、私達人間は苦しみから逃れることはできないということを実感として感じてしまう毎日です。
しかし、そうした状態の中においても、人というものは、いつも、何か信じられるものを常に考え、探している存在なのです。確実なことが、二つあります。
一つは、「全てのものは変化する」ということです。この言葉は、私達が生きる物質世界というものは私達に多くの苦しみをもたらしますが、同時に変化という希望を与えてくれるものであるという意味の言葉でもあります。
つまり、この苦しい状況、困難というものも、いつかは必ず変化していくということです。また、一日一日というものが、必ず、良い方向へ向かって進んでいるということを意味します。それは人類の歴史が証明してくれています。短期的に見るならば、人類の歴史は悲しみと苦しみの記録でしかありません。しかし、長期的観点から人類の歴史を見るならば、それは自由と進歩成長の記録です。
そこで自分の人生という歴史を考えてみると、それはどうなのかと考えてみると、そこに多くの不合理と矛盾を見つけることばかりになってしまいます。しかし、それは一人一人が実は、一時的な記憶喪失に罹っており、昨日のこともすっかり忘れてしまっているということを示しているからなのです。自分が自分自身のことを深く理解し、本当の自分というものに気づき、それに近づいていくことが、これからの時代に求められていくことになるのです。
人生には多くの困難と苦悩があります。またそれと同時に、人生には多くの恵みも散りばめられています。人生という一つの旅を終えるには、誰でも、苦しみと楽しみの両方を体験させられていくことになっているからです。
飛行機を大空へ飛行させるためには、まず、飛行機を離陸させなければなりません。それには、まず、長い滑走路を走行していくことによって、飛行機全体に加速をつけていくことから始まっていきます。そして、飛行機は滑走路を徐々に加速していきながら、ある地点からフラップ調節をして、飛行機の角度を徐々に上げていきます。そうすると飛行機に対して前方から空気が当たり始めます。すると、そのことによって生じた揚力によって機体が上に持ち上げられていくのです。それと同時に、強力なジェットエンジンの働きによって、一気に大空に向かって上昇していくことができるのです。そのように飛行機の離陸においては、必ず、空気抵抗というものが必要であり、その空気抵抗があることによって、揚力が発生し、大空へ上昇していくことができるということを示しています。
ここで大切なことは、抵抗が生じてきた時に、自らの活動を停止してしまうことではなく、更にそのスピードを加速させていくことです。抵抗というものが自分の前方から来ることによって、その力が自分を上昇させてくれる揚力となってくれるからです。抵抗が来た時に、自己の活動スピードを減速させてしまうと、十分に揚力を得ることができずに、十分な上昇ができなくなってしまうからです。ですから、全ての抵抗を受け入れて、取り込んでいきながら、その力を利用することによって、飛行機は高く上昇していくことができるのです。
自分の能力を超えていることは、自分には分りませんし、それは無理なことです。ですから自分で分かることに対しては、現在において最善を尽くしていくだけです。後は自分の生命の流れに従っていくだけです。時の流れが全てを流してくれるように、全ては時の力が、あらゆる問題を解決していってくれるのです。そのように、今の時点で自分の分からないことに関しては、大いなるものに全てを任していくということも一人一人の人間にとって非常に大切なことなのです。
人間の頭脳では分らないことが、この世の中には多数存在しています。その不思議さは、この世における人間の生死さえ、超えているものです。大宇宙の星々を見上げ、宇宙創造の神秘を深く想う時、自分という存在が自然に溶け去っていき、全てが一つであることが直観的に伝わって来ることがあります。その「一つが全て・全てが一つ」ということは、自分という存在が、人間も、鉱物も、植物も、動物も、大宇宙も無生物も、水も、空気も、原子も、電子も、全てを含んだあらゆるものと「全一」であるということを表しているのです。それは、自分の短いこの世の時間の中で、瞬環、瞬間に味わう永遠の一体感という内面の歓びを、自分という存在を通して、少しでもより多く、より深く、より強く実感していくことなのです。
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