四、変化の流れ
一、夢の活用
この世の中には色々な職業がありますが、一般的に、人間は、太陽が昇ると目を覚まし、起床して動き出します。そして、一日が始まり、その人に与えられた仕事を始めます。夜になると、一日の労働によって、身体が疲労することによって、心地よい眠りに入っていくことができます。そして、人によって違いはありますが、人間は、おおよそ、約六時間前後を睡眠に費やすのです。なぜ、人間は、一日の四分の一という長時間を睡眠に費やすのでしょうか。これは、大きな不思議です。もし、人間が眠る必要がなかったならば、もっと多くの事柄を別の事に使用することができるからです。しかし、人間は、基本的に夜になれば眠るように造られているのです。もし、人間が全く眠ることが許されない環境や条件に置かれたとするならば、その人間は必ず、異常な状態になってしまうことでしょう。ここに、睡眠の必要性があるのです。
もちろん、睡眠は人間だけのことではなく、基本的にはほとんどの生物は眠るように造られているのです。眠るという表現でなく、休むといってもよいでしょう。
犬や猫も睡眠中に夢を見ているそうですが、残念ながら、犬や猫が何の夢をみていたのかは分かりません。しかし、人間は、夢を見る能力を持っているだけではなく、その夢を覚えていることができ、また、それを他の人に語ることも、夢日記に書いておくこともできるのです。朝、起きた瞬間に、夢を見ていた意識が、潜在化してしまい、心の奥底の方へ隠れていってしまうのです。そのために、自分が何の夢を見ていたのかが、全く分からなくなってしまうのですが、それでも、思いだそうと意識を合わせて静かにしていくと、潜在化しようとしていた夢の記憶が少しずつ昇り始めて来ることになるのです。そうすると、夢の全部を思い出すということは難しいのですが、夢の一部分は思い出す事ができるようになってくるのです。これは、誰でもできることですが、それ為に必要なことは、毎日、自分の潜在意識と通常意識との接続を持つようにしていくことです。そして、自分から、潜在意識という自分であって自分でない別の意識に対して、祈り、頼み、その意識の了解を得ながら、自分との関係をより深めていくことです。そうすることによって、夢という意識空間を通して、色々な事が伝えられ、教えられるようになっていくのです。
夢には、色々な種類があります。苦痛や不安、カルマ解消、雑務、霊夢、予知夢等があります。
苦痛や不安の解消の夢は、一番多いでしょう。なぜならば、この世は自分の思い通りに行かない世界であり、また私達人間は、肉体という非常に不安定なものに包まれて生きている存在だからです。そのために、人間は、苦痛、心配、不安等に絶えず襲われてしまうのです。心の中に不安があると、その心の不安状態が夢に現われて、何かが、後ろから自分に追いかけて来る夢を見たり、高い所から落ちそうになったりする夢を見ることがあります。
次に自分の願いが、その環境では実現しそうにない場合では、人は、一番したいことを夢の中で行うことがあります。たとえば第二次世界大戦時において、不幸にも強制収容所にいた人々は、よくパンやケーキを食べたり、タバコを吸ったり、気持ちのよい入浴の夢を見たということです。
また、カルマ解消の夢もあります。自分では全く記憶がないのですが、不思議と同じ夢を何度も見るような夢の場合です。夢の中で、自分がいつも同じ場所にいて、そして、同じような事が起きるというような場合です。それは、自分の心の奥に隠れている潜在意識が、自分の表面意識に自分のカルマを教えていることが挙げられます。その夢を何度も見させられ、苦しみ、うなされることによって、心の中に残った感情のエネルギーが消費されていき、少しずつ、そのカルマが解消されていくことになっていくからです。
もちろん、夢には、雑夢もあります。それは意味も脈絡も全くなく、ただ電車の窓越しに見える景色の様に一方的に流れ去っていく夢です。そのような雑夢を見ることによって、私達の心は、全ての情報を取捨選択し、整理して必要なものだけを残していくという作業をしているのです。
そして最も重要な夢は、霊夢です。
霊夢は、まず、自分が肉体的存在ではなく、霊的な存在であるということを教えてくれます。私は、時々、空を飛行する夢を見ますが、霊夢の場合は、そのスピードが異常に速いのです。たとえば、ある夢の中に非常に長い橋がありましたが、私はその端から端まで、意識の速さで飛行したのです。ほとんど時間はないような感じです。そして、非常に強烈な夢ですので、目が覚めた後でも、その時の体験をはっきり覚えていて、決して忘れないのです。
目覚めた後でも、その夢のことを明瞭に覚えていて、空間移動を伴っている場合は、霊夢の可能性が強いでしょう。
また夢の世界は、あの世という生命世界ですから、未来に起きる予知夢というものも時々、見ることもできます。なぜ、予知夢を見るのかという最大の理由は、その人が、未来のことを知りたいという意志を持っているからです。あの世という生命界には、時間がなく、過去も未来も一つに繋がっている為に、その人が、そのことにコンタクトすることができれば、そのことが全て分かるようになっているのです。
夢の世界と仲良くなっていく最も大切なことは、朝、夢を見た直後、忘れない内に、すぐさま夢の内容をノートに書いていくことです。どんな内容でも、自分が覚えている内容をノートに書き記していくことです。その時に書いていく内容や、その夢の意味は、ほとんど分からない場合の方が多いのです。そして、三ヶ月後、六ヶ月後過ぎてから、再び、そのノートを見てみるのです。すると、直接的ではないのですが、ある出来事と非常に似ている内容が書かれているのを発見することができるのです。もちろん、早朝に見た夢が、その通り、その日の内に起きたこともあるのです。
大体は、その出来事のことは、はっきり見ることができずに、ぼかされていて、よく分からないケースが多いのです。生命界において、未来に起きる出来事が既に決まっていたとしても、夢を見ることによって、その未来の情報を捉えた時に、その人が、その情報を、どのように解釈するかということは、全く別の問題となっているのです。最も大切なことは、その夢に対する解釈です。なぜならば、その夢の中の出来事を、どのような観点で解釈していくかによって、そのメッセージの内容が全く異なってきてしまうからです。
これらのことから、大切なことは夢を見るということではなく、その夢をどのように解いていくか、という解釈力そのものが大切だということが分かります。
このように夢とは、なかなか分かりにくいものなのですが、それでも、夢の中には、分かりやすい予知夢というものもあります。
これは、私が若い時に見た予知夢です。私は、ある夜半に、非常に明瞭な夢を見ました。そこには、救急車が三台、物凄い速さで走っていました。なぜ救急車が走っているのか、私には全く分りませんでした。その後で、「間に合わなかった」という言葉が聞こえてきたのです。その日、私は、「不思議な夢をみたものだなぁ」と思いましたが、全く分からずに、父と一緒に房総半島に置いてある船に乗る為に外出したのです。現地に着き、船に乗ろうとすると、父は、船の鍵を忘れてきたことに気がついたのです。そのため、私達は船底の掃除をした後で、急きょ、帰宅することになりました。家に着くと、母が出てきて、「昨日、会社のNさんが、事故を起こして亡くなった」と言うのです。運命の不思議な計らいによって、私は、その日の夕方、親しかったN君の葬儀に出席することができたのです。実は、N君が亡くなる三日前に会社で同期会が開かれて、一緒に食べて飲んで話しをしたばかりの事でした。それは非常にショックなことでした。最後の日、なぜかN君は、私と遅くまで話をしたがり、遊びたがりました。私は、お金がないと断りましたが、後から思うと、N君は、その時に、自分の運命を既に感じていたようでした。その夜、彼は私に「俺には、もう何も残っていない」と非常に神妙な感じで私に語っていたからです。
その時の出来事は、私の人生に大きな影響を与えました。彼は私に、運命とカルマというものを教えてくれたからです。
予知夢というものが、主として、人間の生命維持や保存ということに働くため、その内容が非常に暗く、悲しい出来事が多くなってしまう傾向性があることは否めません。もっと楽しくて明るい内容の予知夢を見ることができれば、非常にハッピーになれるのですが、残念ながら、生命の働きから、そうした方向性の夢はほとんど見ないようになっているのです。
本質的には、この世界そのものが、神が見ている夢そのものです。私達人間は、輪廻の輪から解脱できない限り、生まれては死に、死んでは生まれていく存在となっています。そして、この世の生は、あの世の生よりもずっと短いのです。あっという間に、齢を取り、生命界へと還っていくのです。そうすると、肉体を持って生きていたことが、今度は夢のようになっていくのです。そうすると、この世も、あの世も、どちらも夢のようなものだという事が感じられてくるのです。私達は、大生命という夢の中で、永遠という時間の中で、人生という夢を見ながら、食べながら生きていく存在なのです。

前のページ へ