二、何かが自分を導く

四、何かに没頭する

何か大きな困難に遭遇している時、人は、そのことに大きなエネルギーを取られてしまいます。そして、そのことについて考えようとしなくても、常に、心が、そちらの事へ持っていかれてしまうのです。食事をする時でも、歩く時でも、眠る時でも、大きな問題や悩みがあると、いつでも、そのことが頭から離れない状態になってしまうのです。そして、心身共に疲労していくのです。このような状態を長期間続けていくならば、必ずノイローゼになり、身体は異常を起こしてしまいます。
そのような時に、何かに没頭することは非常に大切なことです。そして、大きな問題や悩みを抱えてしまった場合、人は、何かに没頭することによって、一時的でも、その苦悩を忘れることができるのです。自分が没頭する何かとは、自分の仕事でもよいし、自分が好きなことや、興味関心があることであれば何でもよいのです。スポーツや音楽でも、散歩でもよいのです。
とにかく、自分の気持ちをできるだけ、外側に向かわせていくのです。そして、時間というものを、少しでも別の事に振り向けることによって、その問題から、自分自身を忘れさせ、解放させることが大切なのです。
また、仕事があるということは最大の救いです。
仕事があるということは、自分に、やるべきことがあるということです。それは、現実的に、その人は、現在、その仕事をやらなければならない状況にあるということを表しています。そしてそのことは、その仕事を通して、自分の問題を解決できるといことを意味しているのです。つまり、その問題は、その人の努力や判断決定によって、その人生の問題を解決する事が出来るということです。そして、やるべきことがある内は、身体の免疫力も下がりませんので、健康状態も維持できるということを示しているのです。
多くの場合、失業してしまうと、それだけで精神的に不安定になり、落ち着かない状態になってしまうからです。ですから、たとえ自分が失業してしまったとしても、あまり自分を責め過ぎないことです。それは、厳しい社会状態の中で、自分が望まなくても、会社や社会の事情から、そのようにさせられてしまう現実が多いからです。
もし、失業したり、仕事を無くしてしまったりしたならば、別の考えをしていくことです。そして、明らかに、自分の勝手な行為による責任ではない場合は、自分を赦していくことも自分にとって大切なことです。
「そのように自分がなったのは、きっと自分が他に何かやるべき事があるに違いない」と思うことです。
そして、「次に自分がする仕事は、もう既に決まっている」と信じることです。その時に、自分に与えられた自由な時間を利用して、それまで自分が忙しくて、できなかったことを、その機会を利用して行っていくのです。自分が本当にやりたいと思っていたことを行う絶好のチャンスとし、実際にそれを行うことです。

心配や問題を持って悩んでいる人の場合は、もし、何か仕事を見つけるようとするならば、できるだけ頭を使わず、気をつかわずにできる仕事がお勧めです。これは、本当のことです。身体を動かす作業が一番、よいのです。知的労働の場合、心の転換が必要なので、そこで精神的負担がかかってしまうからです。なるべく、今、自分が直面している問題と関係のない仕事ならば、まだ大丈夫ですが、特に自分が現在、困っている問題と同じような仕事の場合は、自分の心や身体に受ける疲労とストレスが、より多く蓄積してしまいますので、なるべく避けたほうがよいのです。
自分自身の力や努力で解決できる問題であるならば、自分で対処すれば良いのですが、その問題が、自分の力が及ぶことができないものである場合は、もう、自分を大生命と大宇宙に任せるしかありません。自分では、どうすることもできないからです。
こういう時は、通常の判断を捨てていくしかありません。そして、損得勘定から全く離れて、何か別のことに没頭したほうがよいのです。損得勘定とか、善悪という通常意識や判断で生きていくと、よけいに自分を苦しめていくことになってしまうからです。このような時期は、全く通常の価値が通用しない時なのです。
通常であれば、その判断は通るのですが、それが通らない時期があるのですから人生は恐ろしいものです。それは、人間の価値を超えた世界からの使者だからです。
運命は、すべて偶然のようにして、ある日、突然、訪れて来るものです。
人は、その訪れを、嫌い、憎み、避けようとします。しかし、その運命さえも、自分が生まれてくる前に、過去世で行った自分のカルマ(業)そのものであり、そのカルマの返済のために、自分で生命界において設定してきたものとなっているのです。悲しい事ではありますが、自分が避けて通ることのできない困難や苦難ほど、自分が設定してきた運命なのだということを、肌身で感じていかなければならない運命になっているということです。