一、変化と混乱の中で

七、ダークエイジの中で

ダークエイジというのは、光がなくて、全く先が見えない暗闇の時代のことです。その状態は、陰鬱で、生気がなく、希望が見つかりません。病気になって塞ぎこんでしまうかもしれません。言葉数も少なくなってしまい、重苦しい雰囲気に包まれてしまう為、友人とも、めったに会わなくなってしまいます。自分でもどうしていいのか全く分からないのですから、家族や他の人にとっても、この時期は大変な時です。

打開のめどが全く立ちません。
歩く足とりは重く、その動きは遅くなっています。
何度も何度も、ため息が出てしまいます。
愚痴が多くなっています。
考えることは、いつも同じことに支配されています。
心は不安と不満に満ちて、同じことばかり考え、繰り返しています。
精神的に不安定で、被害者意識に囚われています。
常に頭痛がして、食欲もなく、突然、激しい胃痛が襲って来ます。

しかし、そうした外部環境からでも、人間は立ち直れるのです。
そうした厳しい状態の中でも、未来の希望はあるのです。
そうした暗い時代でも、春はやってくるのです。
長い夜が終われば、また再び太陽が昇り、朝日が輝くのです。
それまで、じっとして動かなかった虫や昆虫たちが、春になれば土の中から這い出して来るのです。
雨が降った翌日では、森の中でひっそりとしていた鳥たちも、楽しく美しい声を鳴らしながら、朝日の中で気持ちよさそうにして、羽根を広げて水浴びをするのです。
川の中から、時々、水面をバシャン、バシャンと跳ねる音を出しながら、魚たちが泳ぎ回るのです。 
昔から、困難な時代は数えられないくらいありました。しかし、そうした困難な時代に生れた人々でも、その時代を自分なりに必死に生き、その困難苦難を乗り越えてきたのです。今は、確かに非常に困難な時代ではありますが、昔の困難な時代のことを考えれば、まだましなのかなと考えることもできます。もちろん、昔と今とでは、時代と状況が異なる為に、同じように、ものごとを比較することはできません。しかし、私達は過去から多くの事を学ぶことができるのです。幸いなことに、暗闇の時代では、私達には時間がたっぷりあるのです。その時間こそ、自分の頭と心と体を再調整し、再創造するために、天が自分に用意してくれた最大のプレゼントそのものです。
たとえば、日本では、第二次世界大戦で敗戦しました。広島・長崎には人類史上、初めての原始爆弾が使用されてしまいました。中国大陸にいた邦人は、大陸に残され、多くの人々が亡くなってしまいました。また大陸にいた兵隊さん達は、終戦後、武装解除した後で、ソビエトの収容所へ連れて行かれ、マイナス45度になるまで強制労働を強いられました。もちろん、こればかりではなく、この他でも、世界中で、多くの悲しみや不幸があったのです。そこには歴史に残っていないだけで、実際は無数の悲劇があったはずです。
戦後生まれの私が、こんなことをいうのは少し、おかしいことかもしれませんが、私が困難に遭った時に、いつもすることがあります。それは、自分の知っている本や、ドラマまたは記録映画等で、困難な時代を生きた人々のことを読んでみたり、観たりすることです。そして、歴史の中で、「ああ、あの時に、ここで生きていた人々は本当に大変だったなぁ」と思うようにしています。もちろん、本当の苦しさや厳しさ等は私には分りません。しかし、その人達のことを思うと、少しずつ、自分の現在の状態や境遇がまだ恵まれているなぁと、安心できるのです。過去において、自分よりも、もっと過酷で、困難な状況の中に生きていた人々が数多くいた、という事を知るからです。そして、そうした 人々の御蔭で、今日の日本があり、社会があるという事が分かります。私達は、確かに厳しい競争社会の中で揉まれ、リストラや倒産、おまけに政権交代まで行われて、それぞれ、多額の負債を抱えてしまったり、失業したり、離婚したり、廃業したりしています。明日はどうなるかは、誰にも分りません。現在は、価値崩壊の大変革時代だからです。しかし、戦争の時代に生きていた人々は、常に、他の国の人々によって、自分の生命が危機に晒されていました。しかし、私達は、現在、自分でそれを選択しない限り、自分の生命を奪われるということはないのです。それだけ、私達は、過去の戦争時代に生きていた人々よりも、そういう面において、ずっと幸せだということに思い至るのです。