五、体験から学ぶ
一、この世は体験学習
私達の人生そのものが、大きな学校になっています。そして、この世のことは全て、体験しながら学習していくようになっています。それは、人から教えられていくよりも、自分の身体を通して、様々な事柄を直接体験していくことの方が、一番、その人のものになっていくからです。他の人が、どんなに素晴らしいことを言っても、また良書を何百冊、何千冊読もうとも、その人の、たった一つの体験には及ぶことはできないからです。
色々な体験をして学習をしていく学校は、私達が肉体を持って生きている物質世界です。なぜならば、物質という苦と変化の多い不自由な世界であるからこそ、多くのことを学習できる絶好の場所であるからです。
気温の寒暖の変化、飢え、痛み、悲しみ、怒り、様々な病気、様々な差別、経済的格差、暴力、地震、火事、事故、災害、洪水、戦争・・・数え挙げれば、きりがありません。この物質世界においては、変わることなく安定したものは何一つとしてないからです。
この世は、一つのことを実現するために、自分はもちろん、多くの人々の努力が必要ですし、またそのために多くの時間も必要となります。一方、あの世は、自由自在の世界であり、自分が想うと、すぐに自分の想いが実現してしまう世界です。そのように、あの世は想い即実現の世界であるので、苦というものが生じないのです。ですから、その人の意志の訓練、または生命体としての練磨の場とはならないのです。(ただし、地獄は苦の世界ですから、これは当てはまりません。)
釈迦は、この物質世界を「苦の世界」と言いました。それは、この世という物質世界を、あの世である大生命の世界と比較することによって語った言葉だったのです。
また、地球という場所が、私達が毎日通っている学校です。
学校ですから、時々、試験をしなければなりません。試験は、今、自分が遭遇している人生の問題です。この問題は、初級よりも、中級、そして上級に進むにつれて、全人類の為の進化と奉仕の問題になっていくため、より一層、難しい問題になっていきます。
先生は、グレート・スピリットです。個人教師は、その人のガーディアン・スピリットです。校長先生は、総てを創造した存在です。
私達は、一人一人、光のスピリットから直接指導され、導かれている存在です。
クラスメイトは、同時代に生きている全人類です。授業は、現在、人類がそれぞれ直面している世界、国々の状態、そして、その人が生きている社会状況です。そして、テキストは、一人一人が置かれている現在の環境や状況となっています。
宇宙を創造した存在は、自然の流れの中で、今ある環境を通して、一番必要で、一番大切な問題を、一人一人の段階に合わせて提出してくるのです。そして、その問題の内容とレベルは、その人の最大限の努力の高さに合わせて出されてくるのです。それは、一生懸命努力しなければ、その問題は解くことができないレベルに設定されています。しかし、けっして解けないものではありません。
それは、今現在の自分のレベルよりも遙かに高いレベルなのですが、決してそれは不可能ではないというように、自分のギリギリの高さに設定されているのです。
この地球社会を卒業するには、全科目において、合格点が求められているのです。
そのために、自分に不得意な科目があると、グレート・スピリットは、その不得意科目の問題を、敢えてその人に出してくるのです。グレート・スピリットは、その人の全てを御存じですので、その人の一番のウィークポイント(弱点)を突いてくるのです。
その為に、突然、人生に自分の思いもよらないことが起きて来て、人生が別の方向へ向かわせられてしまうことになるのです。人生の問題は一人一人異なりますが、その問題を解いていくことは、その人にとって、非常に苦しい試練となってしまうのです。そして、その時、釈迦が言った「苦」というものを、心底、身体の髄まで味わうことになってしまうのです。
しかし、その厳しい試練こそ、実はから与えられたものなのです。グレート・スピリットは、その人に、厳しく苦しい難題を与えることによって、その人の過去世の業(カルマ)を解消していき、同時にその人の生命体を改善して、次の使命に備えていくからなのです。
そして、厳しく辛い試練の間、あらゆる知恵を使いながら、何とかして乗り越えようと様々な試行錯誤をしながら、生きる為の努力をして、どうにかして、その問題を乗り越えた時に、グレート・スピリットはその人に、大きなプレゼントをしてくれるのです。そのプレゼントは、その人だけのものです。決して誰にも取られることも奪うこともできない贈り物です。
それは、グレート・スピリットが与えた人生の難問を、どのように乗り越えていったかという人生の体験そのものであり、その厳しく辛い中で、自分が涙を流し、歯を食い絞りながら、考え、獲得してきた人生の智慧というものです。
大変革時代の中で、人が人生の難問に遭遇した時に、どのように行動し、どのように考え、どのようにして生きていったらよいのかという、生きていく為の智慧そのものです。その本当の智慧が、一度、自分の身につくならば、もはや人生に怖いものはありません。たとえ、新しい問題が再び人生に出てきたとしても、この本当の智慧さえ身に付いていれば、必ず乗り越えることができるからです。

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