ローマ・バチカン初日
12月の聖なる日の直前に、私はローマに到着しました。
始めに自分の宿から一番近いところにコロッセオがありました。それまで私はコロッセオというものを、テレビや写真などでしか見たことがなかったので、私のすぐ目の前にコロッセオがあるということが信じられませんでした。日本ですと、東京ドーム以前に建てられた後楽園球場のような建築物が、約二千年前に建設されていたということですから本当に驚きです。そのローマを代表するコロッセオが、約二千年の時を経ても、今も尚、そこに壊れずに建っているという事実に対して、ローマという都市の崇高さを、私は感じていました。
このコロッセオの中で、当時、剣闘士と呼ばれる人達が命を賭けて、殺し合いの試合をしたことが自然に思いだされてきました。
また、人間と、ライオン、熊、豹等の猛獣との格闘があったことも、思い出してしまいました。それは異常な光景でした。そして、その時の観衆の熱狂的な叫び声や手を振る姿が、目を閉じると、今でも甦ってくるような感じがしてきました。
次に私は、フォロ・ロマーナへ訪れました。
コロッセオと共に、フォロ・ロマーナは、本当に、全人類の遺産という場所です。ローマという都市は、かつて世界帝国の中心でした。このフォロ・ロマーナという世界の中心に一人静かに佇んでいると、まるで自分がその時に生きていて、そこにいたような錯覚に陥ってしまいそうでした。
そこには、優れた賢人や偉人達が散歩をしながら、新しい時代を創っていく為に話をしたり、また元老院の重鎮達がローマという国を、どの方向へ持って行くべきかという話をしたりしている光景が自然に目に浮かんでくるようでした。
また、池の周りには白いローブ姿の神秘的な巫女達が、お香を焚きながら真摯な祈りを神々に捧げている光景などが自然と立ち現われてくるようでした。
ローマにいると、時間を忘れてしまいます。なぜならば、自分という存在が、いつの間にか、その当時にタイムスリップしてしまうからです。ローマという地は、非常に強力な磁場を持つ場所であり、非常に歴史的に大きな出来事を成した場所だからです。そして、そのローマの流れは、時を超えて現在に至るまで確実に繋がっている為に、時間というものの意味が消えてしまうのです。それはまるで、自分が誰であり、どこの国籍であるのかということも忘れてしまいそうになってしまう空間なのです。ローマについて、考え始めると切りが無くなってしまうのです。ローマとは、それほど強力な磁力に満ちた永遠の都であることを私は強く感じていました。
その他にも、ローマには行くべき場所は多くありましたが、、ローマに着いた最初の日に、私はどうしてもバチカン市国へ訪れたかったので、すぐにバチカン市国へ足を運びました。
バチカン市国は鍵の形になっています。これはイエス・キリストから聖ペテロへ天国への鍵が渡されたことが由来となっています。両脇に立ち並ぶ多くの列柱を見ながら、私は中へ入っていきました。聖母マリアが、十字架に架けられたイエス・キリストの遺骸をその両膝の上に乗せて、無言のままで悲しまれているピエタ像がありました。
「この像には、魂が入っている」
その彫刻は人間が造ったものとは思えないほどのもので、ミケランジェロの魂と、聖なる生命が、その中に宿っていました。
それはもはや単なる彫刻ではありませんでした。
そして、少しずつ歩いて行くと、ペテロの墓の上に立つと言われる四つに組んだ黒くねじれた列柱がありました。それは、聖ペテロの存在と偉業を語るものでした。
「聖ペテロさま、ようやく参りました」
サン・ピエトロ寺院という名前が、聖ペトロ寺院であると知ったのは、二十歳を過ぎてからでした。
上を見上げると、バチカン市国の大きなドームが、まるで私達をすっぽりと包みこむようにして大きく広がっていました。それは、イエス・キリストが、天上から全方向に素晴らしい輝きを照らしながら、私達一人一人を優しく包み込んでくれるような癒しの大空間となっています。
そして、その一番、奥に進んでいくと、魂が輝いている様な素晴らしい祭壇がありました。
ちょうどその時、祭壇の前には、白いローブを纏った一人の修道女が、膝をつきながら、聖母マリアへ静かな祈りを捧げていました。
「サンタ・マリア、サンタ・マリア、サンタ・マリア・・・・」
私は、その修道女の、心からの聖なる祈りに心が打たれました。
そして、私は、その少し後ろで、静かに祈ったのです。
「遠い東の果ての国である日本から、一人で、ようやくこの地に訪れることができました。これまでの御導き、どうも有り難うございました。これからも、宜しくお願い致します」
バチカンは、聖なる祈りの場所です。カソリック教会の至聖所です。
聖なる存在は、聖なる空間におわします、ということを私は実感しました。
そして、私は安宿へ帰りました。
そして、部屋のベッドの上に身を乗せて、一人、静かにしていた時です。
突然、不思議なことが私に起きたのです。
それは、初めての体験でした。
なぜか私の額が変な感じになってきたのです。
そして、ピクピクと、私の額が動き出してきたのです。
私の額は、何もしていないのに、まるで眉毛を上下に動かしていくように、段々と、しかもはっきりと、大きくなりながら、ピクピクと動いていくのです。
私は、初め、恐怖に捕われそうになりました。しかし、数十分前に、バチカン市国へ行き、祈りを捧げてきたことを思い出して、全てを自然のままに任せることにしたのです。
それは、痙攣の症状とは異なり、意識もはっきりしていて、別にどこも痛くも苦しくもないのです。私は、身体も意識も、全く普段通り正常でした。その原因が、一体何なのかは全く分かりませんでしたが、何か不思議な波のようなものが私に及んできたことを、私は感じたのです。もう、その時、恐怖は全くありませんでした。
その不思議な波というものが、まるで私個人に対して、何かを行っている様に感じたのです。そして、私は、その不思議な波を拒否したり、止めようとしたりするのではなく、むしろ、その不思議な波に、自分の身を全て委ねてみようと思ったのです。
そして、私は、私の額の少し上部の中心に、金属のような小さなアンテナのようなものを、イメージで一つ造り、そこに意識を集中したのです。
「波が今、私に来て、何かをしてくれているのだ」
私は、そのように思いました。
その波は、始めは小さかったのですが、やがて段々と大きくなり、そしてピークに達すると、次にそれが少しずつ小さくなっていき、やがて完全に止まりました。
それが一体、何であったのかは、私には分かりません。
「バチカンの見えざる存在達よ、有難う!」
私は、見えない存在達に深く感謝しました。
「永遠の都、ローマよ、有難う!」
私は、その場で、再び、目に見えない存在達に祈りを捧げました。
ローマ、そしてバチカン市国へ訪れた初日に、不思議な波が私に訪れてきたことは、一生、忘れる事の出来ない素晴らしい体験となりました。

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